開発ストーリー

病と闘う人の「手」を見つめ、
QOL向上に貢献する「ナノぴた®」

2020-12-22

浜松医科大との産学連携を背景に、2019年に誕生した「ナノぴた®」は、日常生活で手を使う作業に困難を感じている方向けの補助具。そのブランド開発から見えた希望とは?

Project Member

佐伯 知子

川口 敦史

ヒントは「ヤモリの脚先」?
産学連携の始まりは、1本の電話から。

国内で毎年約100万人ががんと診断されている現代。薬物療法を選択した多くの患者が、抗がん剤の副作用を経験しています。中でも、「手の指紋が消失する」「指が腫れる」「手がしびれる」「痛覚異常がある」など、手に不具合が生じた人は、ものをつかんだり紙をめくったりする日常動作に支障をきたしやすく、QOLも低下しがち。「ナノぴた®」の開発のきっかけは、そんな患者の悩みに寄り添う研究者から寄せられた1本の電話でした。

佐伯

「ナノぴた®」の研究開発が始まったのは2016年のことです。私がまだ営業担当になっていない頃の話ですが、ある日、技術開発部の担当者のもとに、浜松医科大の針山孝彦教授から電話があったそうです。針山教授は、手の皮膚障害に悩むがん患者さんの窮状を見て、同じ浜松医科大の皮膚科の先生と一緒に、何か解決策はないかと模索しておられたんですね。「ヤモリの脚先と同じような構造を再現して手袋にすれば、弱い力でもものをつかめるようになる」というのが教授のお考えでした。ヤモリの脚先には、極細の繊毛が密集していて、これが摩擦を生み出しているそうなんです。この繊毛の代用品として教授が探し当てられたのが、弊社が保有している「ナノフロント®」という超極細ポリエステル繊維です。

川口

自然界の生物の構造や機能を真似ることで新技術を生み出す研究分野を「バイオミメティクス(生物模倣学)」というそうですね。私は当時まだ、グループ会社である帝人ファーマ株式会社にいて医薬品を担当していましたが、抗がん剤の副作用だけでなく、神経疾患などのケースでも、手がしびれるとか、紙がめくれない、ものを落としてしまう、などの症状が出ることは知っていました。ですから、このエピソードを聞いた時、薬以外のもので、患者さんのお困りごとをケアできるということに、とても興味を持ちましたね。

佐伯

それまではそういった患者さんの手をケアする専用グッズもとくになく、100均で売られている薄手の綿手袋をはめたり、痛む指先をガーゼでぐるぐる巻きにするなどして対応されている方が多かったようです。でもそれですと会社や自宅で、今まで普通にやっていた動作がやりづらい。また、手は自分の目にも人の目にもつきやすいところですから、自分が病人なんだと思い知らされるようで、やる気が失せ、抗がん剤治療に取り組む気力すらもなくなってしまうというんですね。針山教授は、「手に皮膚障害を抱える患者さんが、自信を取り戻して前向きな気持ちになれるような商品があれば」とおっしゃっていました。私は2018年から担当メンバーに加わったんですが、そういった教授のお声を参考にしつつ、製品化の最終段階に関わらせてもらいました。

川口

僕が加わったのは、佐伯さんの少し後、発売の約1年前ぐらいです。浜松医科大の皮膚科の先生が、臨床で「ナノぴた®」のモニタリング調査をされる際にもお手伝いするなど、医薬の仕事で得た経験を生かしながら市場投入への準備を進めてきました。

利用者から寄せられる喜びの声が、いちばんの原動力。

こうして2019年に発売された、生活アシスト手袋「ナノぴた®」。「身に着ける人の気分が上がる」ことをめざし、第1弾商品はスポーティなデザインとおしゃれなカラーリングにこだわりました。

佐伯

「ナノぴた®」は、手のひらのグレー部分に「ナノフロント®」を使用しており、高い摩擦抵抗力を発揮します。またUVカット効果もあり、皮膚障害を悪化させやすい紫外線から手肌を守ることができます。さらに手肌に擦れ感を与えにくいよう、肌面にできるだけ縫い目が当たらないよう配慮したり、爪がものに当たって痛むのを防ぐため、指先にシリコンの爪ガードをつけるなど、細部にまでこだわっているんです。

第一世代ナノぴた
川口

今は当社のECサイトで販売しているほか、病院関係者が見る医療系の用品カタログに掲載していただいています。また医師や介護士の方々が集まる学会などでも企業展示を行い、実物に触れていただきながらご説明できる機会を増やそうとしているところです。

佐伯

「ナノぴた®」が世に出てからは、実際に使われた患者さんからお手紙をいただくこともあるんです。「ナノぴた®」を使うことでご病気前のように日常動作ができるようになったと喜ばれている方や、治療中の生活で気づいた「こんな商品があったらいいのに」というご要望を教えてくださる方……。こんなふうにエンドユーザーのお声を聞かせていただけるというのは、本当に貴重ですね。

川口

そういうお手紙を通して、僕たちも一番大切なことに気づかされる気がするんです。重要なのは「ものを落とさなくなったこと」そのものではなくて、「ものを落とさなくなったことで、気持ちが前向きになって家事や仕事をがんばれる」ということ。そういったメンタルサポートまで含めてQOL向上に貢献できる、というのが一番のやりがいですね。医薬は、病気になった人の「症状」を治すのが仕事ですが、それだけでは根本的に解決しない部分もあると思うので……。

手を使う作業に自信を取り戻す。その価値を、より多くの人のために。

現在は第2弾商品の開発も進行中だという「ナノぴた®」チーム。より普段着感覚に近いニット手袋タイプなど、より多くの人に使ってもらえる仕様や価格を検討中です。

佐伯

うちの課は「製品課」というだけあって、最終製品にまで作り込んで販路を開拓する、というのがミッション。これまで経験がなかったことばかりで、まさに「生みの苦しみ」を味わっているところですが、もしかしたら自分や家族だって当事者になるかもしれないわけですからね。使う人に寄り添うやさしい商品を、みんなで作らなくちゃ、という思いで取り組んでいます。

川口

皮膚障害が起きたり握力が落ちたりするのは、がん闘病中の方だけでなく、ご高齢の方も同じなので、今後は介護施設経由で「ナノぴた®」をお届けできるようになったらいいなと考えています。帝人グループは医薬品も扱うし訪問看護ステーションもやっているので、連携してシナジーを生み出すことはできると思うんです。また、薬局に置いてもらうというのも面白いですね。今は薬局も、ただ薬を処方するだけの場ではなく、地域の方のさまざまな健康相談に応える場をめざすようになっていますから。

佐伯

あまり「病人用」という特殊なものと捉えずに、アスリートが手袋を選んで使うのとあまり変わらないポジティブな意識で選んでいただけるようになるといいですね。

川口

この先の高齢化社会の中で、自分でヘルスケアをしていかなきゃいけない部分は増えてくると思います。そこを保険診療外でサポートできることには可能性を感じますし、頑張ろうと思いますね。

バイオミメティクス(生物模倣学)という観点から、自社素材が持つ新たなポテンシャルに気づかされて、新ブランド開発につながった「ナノぴた」。今後ヘルスケアに繊維が果たせる役割は、まだまだ発展の可能性がありそうです。

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